女と農民は党そのもの 

福島・宮沢とり

2001年 1月5日
通巻 1064号

 「転換不能な年齢が日本の農業を支えている」を読んでビックリしました。続く、とありますから、次は何をどのように書くのか、書こうとするのか、言わんとするのか分かりませんが、私から見たら、実にヒドイヒドイ、どの一つとってもとりえのない宙に浮いた考え方だと思い、急ぎペンをとりました。
 農民としての私の結論だけを言いますと、女と農民は党そのもの(農民はそれに一番近い)を中心とした権力と社会体制を作る――結果として暴力革命によらないで(時には、結果として暴動(暴力革命)もありうるかも知れないが、それは昨日、今日考えたのではありません。
 私のいる所は全くの山間部です。一番初めは、田のことで闘い、山、農民の立ち上がり〜その次、田や畑の基盤整備反対闘争、農民自身が闘いに立ち上がったのです。
・反大型店進出闘争(これも町民が中心となって)1952〜54年にかけては権力闘争(官有林を含む)と、松川事件等を闘って、また裁判闘争等も、日石事件等を闘いました。日石事件で増渕さんが無罪をかちとりました。
 今、あらゆる問題が目前にひかえてガンとしています。死刑の問題、リストラ、高齢者等切り捨て、等々、石原と森は全くよいコンビで、資本家は、ヤツにやらせっぺ、戦争予告でオドカスベと思っているよーです。何を権力はねらっているのでしょうか 私はやはり、共産党(無血革命をめざす)を支える農民を殺したいのだ、と思います。戦後何十年かかっても、共産党(不破・志位はニセ)を地下に押し込めることができないのです。自然死を待つという、前代未聞の醜態をさらけ出して平気です。
 私たちのほとんどは1ヵ月3万5000円にならぬところから介護保険を引かれ(天引き)ています。しかし、もしここで、私が、娘たちからの仕送りでとか、いろいろ言ったら、大変なことになると思います。そしてそのわずかな年金を、娘の1人はねだってとっていくのです。考えられますか?
 このへんは大阪へんと違って、これからもっときびしい冬を迎えねばなりません。権力と、私、私たちとの一騎討ちです。


 (2000.12日19日)

 

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