小林よしのり著『戦争論』は、どう読まれているのか(2/3)

個人が崇高であることと、国家が

崇高であることは、同じではない

Y・T(26歳・男性)

2001年 6月5日
通巻 1078号

 なかなか面白い本だと思う。漫画だから読みやすいというのもあるし、断定的な口調で書いているところも竹を割ったような感じで、好感が持てる。僕も含めた若い世代の人間にはすごく分かりやすく受け入れやすい内容になっている。つまり、イメージは良い。
 その内容の方はというと、大体こんな感じだ。

*第2次世界大戦で日本は負けたけれども、あの戦争は日本に正義があった。日米戦争は白人の差別主義者たちにあえて戦いを挑んだ戦争だった。日中戦争は中国に滞在していた日本人を保護するために中国に軍を派遣していただけだ。なにより日本軍は八紘一宇の理想を掲げ、その理想の下で行動していた。
*日本だけがアジアの中で唯一の独立国だった。他の国は植民地化されて負け犬に成り下がっていた。日本人は白人差別主義者にアジアの人が立ち向かえることを証明しなければならなかったし、証明した。その結果この戦争の後、植民地だった国が次々と独立したではないか。
*日本軍が残虐非道な軍だったと言われているが本当にそうなのか 中国の軍隊は(この本の中では、当時中国に軍閥が乱立したことについては触れているが、どの軍がどういう性格のものだったかについては一切触れていない)ゲリラ戦や同胞虐殺もしていたし、ソ連は裏切り者(すでに形骸化していた日ソ平和条約を突然破棄したことを指す)だったし、アメリカに至っては日本を焼け野原にし、原爆の実験台にまでしたではないか。
*それなのに日本の左翼は、アメリカに洗脳されて売国奴のように坊主ざんげをしている。戦争犯罪の追及は一見正しく見えるが、実はだまされているだけだ。こんな売国奴の左翼が、正義面して綺麗事ばかりで戦争犯罪をでっち上げ追及してきた。
*その結果日本人は国を愛さなくなり、個人主義に走り、日本はここまで公共心のない人間ばかりの変な国になってしまった。個人主義に走って国を軽蔑したりせず、国を愛し公共心を持った人間になれ。

 他にも特攻隊のことや戦争の痛快さ、南京大虐殺のことも〈もちろんあんなものはでっちあげだという調子で〉書いてある。繰り返しになるけれども、こんな内容のことを実にイメージよく、かつ一見客観的な立場で書いてある。自分も特攻はいやだし、戦争犯罪も全くなかったわけじゃない等と、一応言って見せている。若者の公共心の無さや大人の不甲斐なさについて書き、いろんな人の共感を得やすいようにしてあるし、特攻隊の壮絶さにふれて情に訴えかけるようにもしてある。
 ようするに、当時の日本軍が起こした戦争は決して間違ってなかったということをこんな調子で、非常に分かりやすく受け入れやすく書いている。それだけにかなり売れもしたし、安直に納得した奴もたくさんいるだろうと思う。
 個々の部分についていろいろ反論はあるけれど、それをいちいち取り上げていると限りがないし、アホらしくて反論する気も起こらないというのもあるので、第二次世界大戦の定義と、公共心の喪失というやつについてだけ反論しようと思う。作者はこの本で、外国の宣伝に乗せられた売国奴の左翼が国を堕落させたこと、そしてそのきっかけである第二次大戦について見直そうと、そういうことが言いたいんじゃないかと思うからだ。
 小林は日本のやった戦争についてこう結論している。
 「いつの日かこの戦争こそが人類のなしえたもっとも美しく残酷なそして崇高な戦いだったと、再評価される時がくるだろう。個を超えた勇気ある英霊たちに感謝する」
 そんな日は永遠に来ない。第2次大戦は植民地のぶん取りあいでしかなかった。特攻隊で死んだ者がどんなに崇高な信念を持っていたとしても、それで戦争の意味が変わることはない。国内では戦争に反対するものを片端から弾圧し拷問し、負け戦になったらとっとと民間人を見捨て、アジアの国々を戦火の渦に巻き込んだあの戦争にいったい何の正義があったのか。
 ましてや、アジアの国に日本がわざわざ出かけていって解放しなければならないほどアジアの人たちが負け犬に成り下がっていたわけでもない。それぞれの国で独立を目指し戦っていたところに、新たな占領者として乗り込んでいって、後でとってつけたように「八紘一宇」等と言って、誰が納得するというのか。大体この八紘一宇とかいうもの自体が、他の国の人たちにとっては屈辱でしかなかったと思う。よその国の王様に忠誠誓えって言われてもねえ……。
 そして、日本人が公共心をなくし個人主義に走ったのは左翼のせいだ、悪いのは左翼だ、みたいなことを言っているが、人間が孤独になり、外との関係を捉えきれずおかしくなっているのは、あの戦争のせいで国を愛せなくなったからではない。資本主義の道を突き進み、全ての価値を金に置き換えてしまう今の世の中のシステムこそが、人間をばらばらにしているのではないか。それは左翼がやったことかい
 第二次大戦で、日本人も含め多すぎて実感できないほどたくさんの人間が死んでいった。その人たちの死に対し自分たちができることは、神社にお参りしに行くことではなく、それを二度と繰り返さないことしかない。だから、あの戦争が正義の戦争だったとは絶対に考えない。

(終)

> (1/3)「劣等感を拭い去れた気がする」

>>> (3/3)「『目から鱗』も『身につまされる』も皆無だ」

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