【投稿特集】私にとっての9.11

何も変わっちゃいないだろう

津田光太郎(男・40代)

2002年 9月15日
通巻 1121号

 「9・11をきっかけに世界の見方がどう変わったか」と聞かれて、最初何を聞かれているのかわからなかった。9月11日ってなんだたっけ?
 「だから、1年前の…」と言われて、やっと気がついた。と同時に、あの後アメリカがどんなことをやったのか十分知っている報道メディアが、性懲りもなくアメリカ一辺倒の追悼ニュースや1周年特集を報じる、あまりにもひどいナイーブさに腹が立っていたものだから、一瞬言葉が出なかった。そりゃあ、変わった方が良かったのだろうが、何も変わっていないんじゃないのか。
 2001年9月11日、飛行機がニューヨークの世界貿易ビルにまっすぐぶつかる映像が世界中のテレビに映し出された。ビルの犠牲者2800人余。でも、事件の真相はあまりにも謎だらけで、ペンタゴンに突っ込んだはずの飛行機の残骸がどこに消えたのか、未だ誰も知らないらしい。真実が闇のまま、「戦争」なのか「犯罪」なのかが議論され、アメリカでは結局これをどちらとも呼ばず、「ナイン・イレブン」と呼ぶことが流行のようになった。そして、アメリカ政府の大本営発表だけがあたかも真実であるかのように大手を振り、ブッシュはこれ幸いと十字軍を気取り、傍若無人な空爆が始まった。
 安全保障政策の分野では、9・11を何かのきっかけであるかのように論ずる文書が、とりわけ日本でもてはやされている。「9・11は、伝統的な国際社会の関係性そのものに大きな影響を与え、国家の枠組みに必ずしも規定されない個人・集団・組織(非国家主体)が国防・安全保障の脅威の対象として認識されるようになった」というような議論だ。でも、それはあまりにも無知か、プロパガンダのための嘘だろう。アメリカは、とうの昔から伝統的な国家の枠組み、ルールを無視して軍事作戦を計画し、遂行してきている。とりわけブッシュ政権は、そうした方向をあからさまにし、助長してきた。9・11はたとえその結果ではあり得ても、決してその始まりではない。
 あろうことか、日本の外務省は、アメリカ政府の大本営発表をそのまま鵜呑みにして、日本の安全保障に関する年次報告をこの5月に公表した。冒頭は「2001年9月11日の米国における同時多発テロは国際社会全体に対する攻撃であるとの認識が共有され、従来より指摘されてきた脅威の多様化の現実と国際テロ問題が国際社会全体にとって喫緊の課題であることが、明確な形で浮き彫りにされた」から始まる。この無邪気な無批判さこそ、今、平和への最大の脅威ではないのか。

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人民新聞社

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