理念なき
「ホームレス自立支援法」

排除ではなく社会的連帯
を掲げた「支援法」を

2002年 6月25日
通巻 1114号

 失業・倒産を背景として、野宿者も増える一方だ。
 6月末に発表された失業率は、5.4%(全国)。特に近畿2府4県は、全国平均を大きく上回り6.4%。大阪市にいたっては、10%といわれている。一方、企業倒産も、5月だけで1,699件。5ヵ月連続の1,600件越えとなり、5月としては戦後5番目の高水準となっている。
 昨年6月に民主党が、「野宿者支援法」を国会提出したのをきっかけに、国会の場でも「野宿者支援」の議論が始まり、与党3党も会合を重ね、「与党3党案」がまとめられた。
 しかし、内容は「野宿者支援」との美辞麗句が並んでいるが、理念は明確でなく、野宿者のテントの強制排除に道を開く法ではないか、との疑念が発せられている。国会の混乱のせいで、「野宿者支援法案」は継続審議となりそうだが、野宿者をめぐる現実、そして法をめぐる各界の動きを取材した。



ホームレスじゃない!長期の失業者だ!
 全国で野宿を余儀なくされている労働者は、2万5000人を超えているといわれている。2年前と比べ約2割増加し、大阪市8700人、東京都5600人など、大都市部を中心に増加している。
 野宿の第一要因は失業である。以前は、安定職を失っても日雇いや住み込みなどの不安定労働が受け皿になっていたのだが、日雇い労働の求人が激しく落ち込み、このクッションが機能しなくなったために、安定職から直接路上に出てくるケースが目立っている。さらに深刻なのは、野宿者の平均年齢が50才半ばであることだ。45才を越えると求人も極端に少なくなる。日雇い労働者の高齢化と合わせて、不況の長期化で野宿生活も長期化。このため衛生状態の悪化や栄養の不十分で、健康状態の悪化している人が多くなっている。
 北九州市で野宿者支援を行っている「北九州越冬実行委員会」の調査によると、「かつては日雇いの労働者がホームレスになるケースが多かったが、最近では食堂経営者やサラリーマンなどにも広がり、年齢層も以前からの50才代以上に加え、不況でリストラにあった30〜40代の人が目立ち始めている」という。


「支援法」は「排除法」だ!
 「野宿者支援法」は、与党3党のワーキングチームがとりまとめを行い、いつでも法案提出できる状態にある。この法案の最大の問題は、「理念・思想のないただ実務的なだけの法案に過ぎない」(読売新聞記者・原昌平氏)ことだ。イギリスの地方政府は、ホームレスに対して住宅手当と実際に住居を得るための援助を行う義務を負っている。これは、ホームレス問題が、個人の問題ではなく、雇用・住宅・家族など、複合的な社会的要因がホームレスを生みだすという認識に立つからだ。
 ところが、日本の「支援法」は、この点が曖昧にされ、国や地方自治体の責任も明確でなく、野宿者の人権を守るという「人権問題」としての観点も乏しい。
 結局、「公園などで増えているテントを何とかするための法案でしかないのではないか」(釜ヶ崎医療連・大谷隆夫氏)との批判が大きくなっている。つまり、大阪市などが公園に張られたテントの強制排除を行ってきたが、これを正当化し、やり易くするだけではないかとの危惧である。
 与党3党案は、野宿者を「公園などをゆえなく起所の場所とし」と定義する。しかし、「ゆえなく」ホームレスになる人はいない。社会的・個人的要因が絡み合って野宿をしているのであり、与党案のような認識では、この背景要因への対策が出てきようがないのである。
 さらに法案は、「自立の意志」を盛んに強調する。しかし、「自立の意志」を誰が、どのように判断するのだろうか?そもそも「自立」という点では、多くの野宿者は行政の世話にならず、空き缶や廃品を収集しながら、自活しているのである。「野宿者は怠け者」という差別的偏見を基礎とした法案といわざるを得ない。
 つまり、「援助法」は、野宿者の人権を守るというよりはむしろ、野宿者を公園から排除し、収容施設へ追い込むという結果を生みだす可能性が高いのである。


野宿から居宅保護へ
 3月22日、大阪地裁は、野宿から居宅保護を求めた佐藤邦男さん(70才)勝訴を判示した。大阪市の一律施設収容は違法との判決だ。生活保護法は居宅保護を原則としているため、ごく当然の判決ではある。が、厚生省は、野宿者に対してはいったん収容するという方針を出してきているため、この判決は、政府の方針に風穴を開けた判決といえる。判決はまた、大阪市長に対して、一律施設収容保護の方針を撤廃するようにも勧告しており、大阪市の非常識な差別的主張が裁判で退けられた意義は大きい。
 実際、施設収容よりも居宅保護の方が、当事者の生活改善に結びつくだけでなく、保護費も安上がりにできるという分析結果もある。釜ヶ崎医療連絡会議の松尾氏は、大阪市の生活保護・保護費支出を分析した結果、施設保護の方が、居宅保護に比べて1人あたりの保護費は高額となっており、施設建設費・維持費を加えると、断然居宅保護の方が保護費は節約できると結論している。
立ち並ぶ野宿生活者のテント 理由は、医療扶助費の差にある。大阪市を含む自治体は野宿者に対して、救急車で運ばれて入院した場合にのみ、急迫状態として保護するが、退院と同時に急迫状態ではなくなったとして保護を廃止し、野宿に戻すという運用がなされてきた。このため野宿に戻るとまた病状が悪化して再入院という悪循環となり、結局医療費が高額化するのである。さらには、病院から病院へと転々とたらい回しにされ、長期入院を続けているケースもあるという。その大多数は、介護の必要もなく、居宅での療養生活が可能で、いわゆる「社会的」入院なのだ。
 施設保護を居宅保護に切り替えれば、1人あたりの保護費を抑制することができ、現状の保護費総額を増額しなくても、約2万人の被保護者増が図られるという。この2万人という数字は、大阪市内に生活していると想定される野宿者を十二分にカバーできる人数である。
 松尾氏は、「必要なのは、発想の転換である」と力説する。「とことん身体が悪くならないと保護せず、いったん住居を失い野宿に陥った者については、病院か施設でしか保護しないという一律収容方針を改め、自立支援センターや一時避難所などの施設建設=ハード面に費やすお金を、個別ケア=ソフト面の充実のための支出に振り向ければ、野宿者の生活レベルは向上し、野宿者の数も減少する」としている。


最後のセーフティネットたる支援法を
 ここで欧米諸国のホームレス事情を紹介する。イギリスは、1991年のピーク時で約14万5000人、1995年で約12万1000人と減少傾向にある。これは、イギリスの地方政府が、ホームレスに対し、(1)助言と情報を無料で提供する、(2)優先的なニーズを持つホームレスに対して、住宅手当と実際に住居を得るための援助を行う義務を負っており、この期間は2年でさらに継続が可能である、といった施策の成果である。
 近年では社会的排除を防止するため、住宅、保健、雇用などを含めたサービスが受けられるよう戦略全体を調整する責任を持つ省を定め、2002年までに野宿者の数を3分の2まで減らすとの目標が立てられている。
 また、フランスでは、ホームレスが20〜40万人、住宅最低限基準に満たない住宅の居住者が200万人で、合計220〜240万人といわれる。しかし、宿泊所や一般的住居入居を待機する「一時的住宅」が普及しており、長期の野宿生活者はほとんどいない。生活扶助は25才以上であれば、民間認可団体、福祉事務所に住所登録さえすれば、支給が行われている。1998年には「反排除基本法」が制定され、その中で各省庁に横断的に施策の責任を担う部局を設置し、各部局は目標達成の責任を負うことを明確に示している。
 つまり、欧米では、施設収容ではなく、居宅保護による援助が主流で、行政責任が明確にされているのである。
 一方、日本はどうか?
 「大阪市の対策が先行すると、今以上に野宿生活者が集中するようになる」というのが、大阪市の野宿者対策を小出しなものとする言い訳として使われてきた。北九州市でも、「公的支援を行うと、ホームレスがさらに流れ込む可能性が高い」(北九州市職員)との声も聞かれる。 
 しかし、必要なのは発想の転換である。十全なセーフティーネットがあるからこそ冒険も可能だ。失敗しても誰でも最低限の生活が保障されるからこそ、チャレンジ精神も発揮できる。この考え方がセーフティネットの必要性を高めてきた。生活保護法と野宿者支援法は、最後のセーフティーネットとして全ての市民の社会的財産と考え、最後のセーフティーネットたりうる支援法を制定すべきである。

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人民新聞社

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