世界を投機の渦に巻き込んだグローバリズム

 ブッシュ政権の登場と世界経済 

渡辺政治経済研究所・渡辺雄三

2001年 3月25日
通巻 1072号

《目 次》

1 「平和の配当」が全て/株式投資へ―NY市場

   クリントン政権の金融立国路線が引き金

2 グローバリズム  破綻の行き着く先はハイパーインフレ

   私たちの生活を攪乱する化け物のような投機資金

3 グローバリズム が生み出した国民国家の解体とNPOの出現

   私有派と共有派の死力を尽くした闘いが待ち受けている

4 日米間で東アジア地域の覇権争いが始まっている

 

 

1 「平和の配当」が全て株式投資へ―NY市場

  1992年にソ連が突然崩壊します。この時、2億人の人口を擁する未開拓地が突然自分たちの手元に転がり込んできたことに狂喜した西側の資本家たちは、とりあえず目の前にある金やかき集められるだけの金をかき集めて、先を争ってそれを手にしてこの地域に乗り込み、陣取り合戦を始めます。ロシア・東欧に持ち込まれた資金は長期資金でなく、投機目的の極めて逃げ足の早い短期資金でした。それゆえに、これら諸国が必要としている社会基盤整備のためにそれらの資金が使われたのでなく、ロシア 国債投機につぎ込まれました。  その結果起こったのが、98年のロシア 国債の暴落によるヘッジファンド(LTCM)の経営破綻、NY連銀の奉賀帳によるLTCMの救済でした。日本の大蔵省が金融機関救済のために奉賀帳を回したことを批判した米国が同じことをしたのです。彼らの動転ぶりが目に浮かぶようです。  97年に起こったアジア通貨危機も、元々は長期資金を必要としていた東アジア諸国にNY市場が短期資金しか供給できなかったことから起こりました。東アジア諸国が必要としていたのは社会資本整備に必要な長期資金でしたが、NY市場は短期資金しか供給できない体質にこの時すでに変質していたのです。NY市場は極めて逃げ足の早い株式・債券の投機目的の資金が集まるようになり、本来の金融市場から変質し賭博場と化していました。それで、NY市場から短期資金を調達していた東アジア諸国は借り換えで当座を凌いできましたが、それが行き詰まったことが東アジア通貨危機の始まりでした。  それ以前に東アジア諸国は東京市場から資金調達をしていました。それは世界各地から流入した様々な形の資金を東京市場が長期低利の資金に組み換え、東アジア諸国に貸し出していたからです。が、バブルの崩壊で東京市場が地盤沈下し、NY市場が世界の金融センターになりました。  こうして見ればわかるように、世界の金融センター、NY市場が投機の場と化しているために、途上国が必要としている長期資金を供給できないところに、グローバリズム(世界的な経済的覇権の掌握)の最大の弱点があります。グローバリズムは南北問題を解決できません。南北の経済的格差を広げることができるだけです。

 クリントン政権の金融立国路線が引き金

 これが元に戻って金融市場が途上国に長期資金を貸し出せるようになるかというと、もう元に戻れません。それは世界のマネー・センター、NY市場が投機目的の短期資金しか供給できない体質に変質してしまったからです。それは低金利の日本から高金利のNY市場へ資金がどんどん流出していく現状を見れば分かります。  NY市場が短期の逃げ足の早い資金、浮動資金によって成りたつようになったのは、クリントンの金融立国路線の結果です。ニューヨークを世界のマネーセンターにするために彼が打った手は、まずストック・オプションのための税制改定と新たな年金システム401Kの導入でした。ストック・オプションとは社員に自社株を低価格で優先的に購入することを許し、それを市場で売却した時に得る利益を免税にします。401Kは各個人の年金積立金をそれぞれが自由に株式投資することを許し、それで得た利益を免税にします。これらによって、個人の株式投資が盛んになり、株価が上がり、値上がりした株式の売却益で個人消費が伸びるという成長を米国経済は現実にしました。が、株価が下がれば個人消費が縮小し、米経済は忽ちのうちに不況に突入してしまいます。  92年に発足したクリントン政権は冷戦の終結を受けて軍事費を大幅にカットしましたが、この「平和の配当」を弱者救済のための社会保障費に回さず、全て個人の株式投資に回します。それで、米国には未だに国民健康保険制度がありません。それゆえに米国で民間の保険に入れない貧乏人は病気になっても医者にかかることができません。こうして、クリントン政権が作り上げた株価依存の経済は極めて底の浅いものになってしまいましたが、「平和の配当」を国民健康保険に回していれば、こんなに株価に米国経済全体が振り回されることにはなりませんでした。

2 グローバリズム破綻の行き着く先はハイパーインフレ

 貨幣はもともと透明な存在ですから、何でもすり抜けてしまいます。国境でさえも。が、もともとそれぞれの貨幣─円、ドル、マルク 等々─は、それぞれの国民国家がそれぞれの貨幣の価値を保障しています。それによって市場は国家の信用を担保にして貨幣の流通を認めています。その意味で貨幣は、私的な利益追求の場である経済社会の中で唯一公共財としての性格を持っています。この貨幣の公共性が維持されることによって、市場原理に基づいた財の公正な社会的配分は初めて可能となります。  したがって、国民国家が貨幣の公共性の保障という市場から負った責任を放棄した時、今度は市場が国家に対して反逆します。それが後で述べるハイパーインフレです。私たちはこの矛盾から逃れることができません。この矛盾に国民国家も国民も七転八倒しているのが、私たちの今日の姿です。  もともと、それぞれの国家が発行する通貨の価値はその国家が保有している資産─金地金量─によって決定され、これは金本位制と呼ばれます。それゆえに、それぞれの政府の通貨発行額には限界があり、無闇矢鱈に増やせば通貨価値が下落しインフレを起こします。  第1次大戦で巨額の軍事費調達に直面した政府は、この限界を突破しようとして1つの便法を編み出します。それは金の交換を認めず、ただの紙切れに過ぎない不換紙幣の発行であり、これは金本位制に対して管理通貨制と呼ばれます。国家が通貨を管理し国家の責任で通貨価値を維持するという、国家のリーダー、政治家の良心に通貨価値の管理を任せたのが管理通貨制でした。  が、国家存亡の危機を賭けた戦争に勝ち抜こうとすれば、そんな悠長なことを政治家は言っていられません。軍事費調達のために不換紙幣を刷って刷って刷りまくります。その結果がインフレでした。第1次大戦の敗戦国ドイツは大変なインフレに悩まされ、これがナチス台頭の引き金をとなりました。第2次大戦の敗戦国日本も物凄いインフレに悩まされました。  このように、管理通貨制度はもともと戦争という国家の非常事態を迎えての臨時の措置でした。戦争が終わり平和を取り戻した時、金本位制に戻ることはこの制度発足当初における暗黙の合意でしたが、一旦、国家が管理通貨制という「魔法の杖」を手にするや、平時に戻っても麻薬と同じで手放すことができなくなります。

 私たちの生活を攪乱する 化け物のような投機資金

 ソ連崩壊から始まったグローバリズムの資金の主な出し手は世界の2大経済大国、日本と米国でした。ソ連の崩壊によって有頂天になったこの2つの国のリーダーたちは、これまではソ連の存在によって自制してきた国の経済運営を野放しにします。  92年に発足したクリントン政権がまずしたことは、北米自由貿易協定の調印でした。これによって低賃金国に生産拠点を移転し、低賃金国から低価格の商品を輸入し国内の消費を実質的に拡大しようとします。が、その結果起こったことは、国内生産で拡大する消費をまかなうことができないので輸入が増え、貿易収支の赤字拡大でした。米国の貿易赤字は年々増え、今年度は4000億ドルを超えるでしょう。  現在、この国の対外債務残高の累積額は2兆ドル(1年間の国民総生産の5分の1)を超えています。バブル崩壊後の景気回復のために費やされた公共投資によって、日本の国債残高は来年度末で660兆円(1年間の国民総生産の1.2倍)です。国内で使い道のないためこれらの資金は遊休資金となり、金融機関の信用制度によって何倍にも膨らまされ、投機資金として市場に流出します。結果、現在起こっていることが原油価格の暴騰です。この行き先のない化け物のような巨額の資金は世界の金融市場、先物市場で投機先を探して動き回り、私たちの生活を攪乱しています。  現在の世界市場における1日の金融取引額は、実需の1年間の取引額に匹敵するという極めて不均衡な状態にあります。この世界市場における需要と供給の365倍を超える極端な不均衡に市場はいつまでも耐えられるものではありません。拡大する不均衡は、市場が本来持っている需要と供給の自動調節という機能を発動させずにはおきません。この発動の結果は通貨価値の突然の暴落、すなわちハイパーインフレです。物価が日に日に上がるので誰もが通貨を受け取らなくなり、その結果として通貨価値が暴落し、最後には物々交換に戻ってしまいます。私たちの世代は敗戦の時にこれを経験しました。  こうして、グローバリズム が最後に生み出すものは管理通貨制度の破綻、ハイパーインフレ、物々交換への逆戻りです。

3 グローバリズム が生み出した国民国家の解体とNPOの出現

 国民国家という近代国家の形態を作りだしたのは18世紀末のフランス革命でした。この国家形態の原理は「一民族・一国家」であり、第2次大戦後の民族独立運動によって世界化し、帝国主義・植民地・従属国というそれまでの世界の仕組みを解体へと導きました。が、国民国家はグローバルな資本の展開によっていま解体の危機に瀕しています。それは70年代後半から登場した「小さな政府」をスローガン に掲げた新保守主義、サッチャリズム 、レーガン路線で始まりました。  それまで西欧諸国で優勢だった社会民主主義政権は高所得層に重い税金を掛け、国家機構を使って弱者に有利に所得を再配分しようとします。が、石油危機で原油価格が高騰し、そのうえ日本との経済競争で追い上げられた西欧諸国は敗北します。それで、重税に対する不満が国民の中で高まります。  もう一つは、国家からの社会保障給付の充実は所得格差の縮小に役立ちますが、他方で必然的に国家の国民に対する管理と住民の相互監視を強めることになり、社会の中に重圧感が充満します。そして、国家の社会保障給付が住民の側からの自発性を削ぎ、彼らの社会参加を阻んでいるのではないかとの疑問が広がります。国営・公営企業の非効率が批判され、民営化が流行し、市場経済の効率性が謳歌されます。英国では刑務所まで民営化されたため、囚人暴動が頻発し深刻な社会問題となりました。日本でも中曾根政権は国鉄・電々公社の民営化を実現させ、規制緩和の名の下に労働行政の縮小が進みます。  こうして、新保守主義政権が進めたことは、非効率な国公営企業の民営化による効率化の名の下に、社会的に必要で欠くことのできない公共サービスの削減・縮小でした。が、それは新保守主義の政治を批判してきた人達が目指したものは社会的に必要であり欠くことのできない、これまで公共機関が行っていたサービスの単なる復活ではありませんでした。  それは、公共機関にその復活を求めるのでなく、人々の自発的な参加による公共サービスの復活でした。これがNPO(非営利組織)の始まりです。NPOは公共の仕事を全て国家に委ねるのでなく、人々の自発的な参加によってその穴を埋めていこうとの試みです。それは税制も変えることによって財政的な裏付けもして、国家の機能を社会の中に徐々に埋めていき、国家の段階的な死滅へ向かおうとの長期にわたる試みの始まりです。

 私有派と共有派の死力を 尽くした闘いが待ち受けている

 たしかに、NPOの中にはいががわしいものもありますが、これはあらゆる物事の初期には避けられない現象です。このNPOの玉石混淆の状態は淘汰され、悪いものが排除されいいものが残っていくはずです。そして、この運動は一直線に進むという単純なものではありません。結局、この運動は私的所有の廃止へと収斂していかざるをえませんが、私有派にとってブルジョア国家は最後の砦です。  コンピュータの基本ソフト(OS)に関してマイクロソフト とリナックスとの対立が発生し、私有派のマイクロソフトに対して共有派のリナックスの方が現在有利に展開していますが、こうして、生産力の発展とともに生産の社会的な性格が強まるので、生産手段の私有派の孤立化が社会の中で進んでいます。しかし、だからといって私有派が自ら進んで自分の陣地を明け渡すことなどありえません。  彼らは公安警察を伊達に養っているのではありません。この運動の前途には、生産手段をめぐる私有派と共有派との死力を尽くした闘いが待ち受けていることを、私たちは覚悟しておかなれければなりません。

4 日米間で東アジア地域の覇権争いが始まっている

  97年に起こったアジア通貨危機で私が既に指摘してきたように、時代はグローバリズムからリージョナリズム(地域主義)に移行しています。世界経済は既に3分割され、米大陸はドル圏に、EUはユーロ圏に、東アジアは円圏に、と事実上世界経済の3分割が進んでいます。それは米国が資金力不足から東アジアの通貨危機を収拾することができず、日本に任さざるをえなかったことにありました。  ドルの下落を懸念したEUはユーロという独自の通貨を作って経済的な障壁を築き、ドル暴落の影響を未然にくい止めようとしています。  が、ブッシュ政権にとって東アジアで経済的覇権を失うことは、その地域における軍事的覇権をも失うことをも意味しています。それで、この地域の覇権争いが日米間で既に始まっています。  米国が日本の国連常任理事国入りを支持する代わりに日本は集団的自衛権容認に転換すべきだ、との対日安全保障政策に関する米軍事専門家の提言が昨年秋発表になりました。わが国の民主党までこれに賛成していますが、もしこれに乗って日本が自衛隊を南シナ海やインドネシアへ派兵すれば、この地域で日本製品ボイコット運動が起き、駆逐された日本製品の後から入ってくるのは米国製品です。お人好しの日本人がうかうかとこれに乗れば、日本は東アジア経済圏を失います。  こうして、経済面でリージョナリズムに後退せざるをえない米国がNMD(本土ミサイル防衛)を前面に押し立て、軍事面でグローバリズム(世界的な覇権)を取り戻そうしているのがブッシュ政権です。

(おわり)

「特集」トップへ戻る

人民新聞社

このページは更新終了しております。最新版は新ページに移動済みです。