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2016/3/14更新

イスラエルに暮らして

ため息のインティファーダ
過酷な集団懲罰

イスラエル在住 ガリコ・美恵子

 アル・キークを返せ!

パレスチナ人ジャーナリストのモハマッド・アル・キークが、3カ月前イスラエル軍に逮捕された。イスラエル政府の飼い犬と化したPA(パレスチナ自治政府)の腐敗を追究した勇気あるジャーナリストである。囚われる前、彼はテレビでこう言った。「占領はまもなく終了する。パレスチナ人の鉄のような抵抗に、イスラエルはやがて恐れるようになる。コーランにそのことがはっきりと書かれている」。

イスラム教徒の話では、コーランをきちんと読めば、激しい闘いで多くの人々が血を流した後、占領が終結すると書かれているそうだ。アル・キークは、不当逮捕への抗議として断食を始めたが、既に90日を経過。体重の60%を失い、生命の危機に瀕しているが、「自由か殉教か、どちらかしかない。解放されないかぎり断食を続ける」と紙に書いて訴える様子が、テレビで繰り返し報道されている。

イスラエルでは、理由も明らかにされず、裁判もなしでの行政拘留が頻繁に行われている。無実の彼の解放を求める抗議運動は世界に広がり、イスラエル人左派も国防省前などで抗議デモを行っている。

ところがアッバスPA議長は、アル・キークを目の仇にし、同氏の解放を要求すらしない。そんな自治政府のあり方が、パレスチナ民衆による蜂起、インティファーダをドロ沼化させている。

手作り銃での復讐

2月3日、3人のパレスチナ少年が、エルサレム旧市街・ダマスカス門で、女性兵士らに呼び止められ、身分証明書の提示を迫られた。瞬時、少年は手製の小型銃で兵士(19)の頭部を撃ちぬいた。連れの少年は、他の兵士(19)にナイフで切りかかった。撃たれた兵士は、病院でまもなく死亡。刺された兵士は、重傷を負った。少年らは、その場で射殺された。手製の小型銃と爆弾と小型ナイフを身に着けていた。

少年たちは、パレスチナ最北都市=ジェニンのカバティヤ村から、幾多の検問所を避け、分離壁を超え、エルサレムに辿り着いた。3カ月前、大切な友をイ軍に殺されており、復讐を誓う文章をフェイスブックで発信していたという。その友とは、父の失業で悩んだ挙句、仕事を探すために分離壁を越えようとして射殺された16歳の少年だった。

少年たちは、犯行前、軍に護衛されたユダヤ教右派団体がダマスカス門から旧市街に入っていくのをベンチに座ってみていた。毎日のように行われるユダヤ教右派団体による神殿の丘への違法侵入と、イ軍によるアクサ・モスク敷地内外の破壊攻撃は、イスラム教徒にとって神への冒涜である。少年らは武器を手作りし、綿密な計画を練って、ユダヤ教右派団体に一矢を報いようとしていたようだ。武装組織や過激派の関連はないとされている。

村を全面封鎖

イ軍は、カバティヤ村周辺を全面封鎖し、3日間にわたる実弾攻撃を行った。村民は侵攻軍に投石で対抗。頭部や腹部を撃たれ、戦闘車にはねられた人々は即死し、約20名が重軽傷を負った。軍は数十件の民家に押し入り、12名を拉致した。

カバティヤ村の封鎖は、同月23日夜まで続き、村民のイスラエルでの就労許可剥奪を決めた。侵攻軍が去った翌朝、10名の村民がイスラエルでの就労許可を剥奪された。これらはすべて集団懲罰である。

今回の事件について多くのパレスチナ人は、「全パレスチナの代弁者だ」という気持ちを抱きつつ、「自治政府があてにならないから、正義心と気の強い若者が、イスラエルの悪に怒りの刃をかざし、次から次と殉教への道を選ぶ」と語る。また、「殺されるのをわかっていて、兵士に向かうなど狂気の沙汰だ」 「結果的に家族や村民に迷惑をかけたのだから、考えが足りなかった」と、溜息をついている。

一方、イスラエル人左派の反応はこうだ。「今後、銃を手作りする若者が増えるだろう。彼等は、命以外に失うものがないからだ。イスラエル政府は、ますます凶暴化し、国民の3%しかいないイスラエル左派への弾圧を激化させているが、左派運動でイスラエル政府の流れを変えるほどの効果は期待できない」。

昨年秋に勃発したインティファーダで、これまで約180人のパレスチナ人が殺され、さらに多くが重傷を負い、軍に拉致された。直近の6週間だけで、219人の子どもを含む404人のパレスチナ人が家屋を破壊され、移住を余儀なくされている。一方、イスラエル側の死者は32名だが、兵士の誤射で死亡した人も含まれている。

デモを襲撃する軍隊

2月20日、へブロンで行われた「シュワダ通りを開放せよ」の記者会見と「入植者をへブロンから追放せよ」デモに参加した。記者会見は、ユダヤ人によってイスラム教徒が礼拝中にモスクで銃撃されたテロ事件(1994年2月25日、死者29名、負傷者125名)への追悼で始まった。これ以降、ユダヤ人の入植活動が盛んになり、パレスチナの商いが盛んだったシュワダ通りは通行禁止になったことや、それらによる被害や影響の数々が話された。

【注】 1994年、ユダヤ人男性がイブラヒム寺院で礼拝中のイスラム教徒を銃撃。29名を殺害し、125名が重傷を負った。以降、寺院はユダヤ人も使えるように2分割され、モスクと入植地を繋ぐ、アラブ商店街のシュワダ通りはユダヤ人専用にされた。

また3カ月前、検問所で男性兵士による身体検査を拒否し、女性兵士による検査を希望したことで銃殺された若い女性の記念碑除幕式も行われた。記者会見に対峙する兵士は、検問所の向こう側で突撃命令を待っていたが、外国メディアが多々いることに怯えたのか、建物上から私たちを撮影していた。

ヘブロン旧市街中央にあるイ軍駐屯所門前まで行進したデモには、パレスチナ人約300名に国際連帯運動のメンバーとイスラエル人左派約30名が加わった。皆で「占領反対、入植者はパレスチナから出て行け」と叫んでいると、突然軍用門が開き、完全武装の戦闘部隊が突進して攻撃を始めた。私は必死の思いで、催涙ガスを吸い込まないよう息を止め、住宅が立ち並ぶ坂を駆け上った。角を曲がって路地に入ると、頭の上でハエが舞っているような音が聞こえた。100bほど上空で、プロペラ付の飛行物体が追ってきていた。通りにいた商店主らに聞くと、「初めて見た」と言う。

これは「ファントム2」と呼ばれる無人偵察機だ。通常は建物密集地を上空からとらえ、戦闘や家屋破壊の確認作業に利用される。この日は、イスラエル人を誤って撃ち殺すことのないよう、また地元民の反撃を警戒するために使用されたのだと思う。このデモで12名が軍に拉致された。

ショーファット難民キャンプへの攻撃

昨年末、東エルサレム・ショーファット難民キャンプで、数千人のイ軍兵士による家屋破壊が行なわれた。破壊されたのは、2014年、エルサレム路面電車の入植地駅で兵士をひき殺した故イブラヒム・アル・アカリの家だ。軍はイブラヒムをその場で射殺し、難民キャンプを猛攻撃した。

イスラエルの人権保護団体ハ・モケッドは、幼い5人の子どもを抱える未亡人の訴えに応じ、「集団懲罰でパレスチナ人の暴力を止めることはできない」と、裁判所に異議を申し立てたが、却下された。

現在、アル・アカリ家の建物跡に、村人の寄付で、新しい家が建設されている。訪問した私に、地元の人々は誇らしげにこう言った。「難民キャンプの全員が、少しずつカンパして建築材料を買ってるんだ」。建築中の家には、イブラヒムの顔写真とパレスチナの旗がはためいていた。どんなに弾圧され、無情の血が流されても、パレスチナの人々の自由を願う気持ちが一つであることを、建築現場がはっきりと語っていた。

イスラエルがハイテク兵器を駆使し、軍事力を強化して人々を監視・弾圧しても、パレスチナ人民の怒りと抗議行動を止めることは絶対にできない。

先日、安倍首相は来日したアッバス議長に、和平援助としてヒシャム神殿復興工事のために莫大な資金提供を約束した。しかし、ヒシャム神殿の中身は、全てイスラエルの博物館に持っていかれたままだ。建物を立て替えても、肝心の歴史的遺物がなければ意味がない。そんなことも知らない日本政府が本当に和平支援したいなら、まず、アル・キーク解放をイスラエル政府に強く要求すべきなのだ。

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