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更新日:2004/07/09(金)

[社会] 渡辺修孝さん、イラクでの拘束の様子を語る

抗議の一斉ストライキ

四月一四日。その日、私たちはバグダッド北西部のアブグレイブの街にさしかかった人通りのない農道を、タクシーでひた走っていた。「日本人三人が、抵抗組織に拉致された」というニュースが報じられてから五日が経っていた。

四月八日〜一二日、イラク国内ではクリスチャンのイースターや、シーア派の「アルバイーン」という祭典が行なわれていた。このアルバイーンの時期には、全国のシーア派イスラム教徒が、聖地カルバラに巡礼に出かける。市街地に居住しているシーア派の人たちも、ほとんど巡礼のために自宅を留守にしてしまう。このため、バグダッド市街がまるで日本の「お盆」か「正月」のように閑散としてしまうのである。

しかし、バグダッドが閑散としていた理由は、それだけではなかった。この頃から激しさを増していた米軍のファルージャ攻撃に対する抗議で、バグダッドの商店街が、自発的に一〇日から一三日まで「一斉ストライキ」に入っていたのだった。

ストライキが解除されるまでの三日間、私は首都の賃貸アパートで待機していた。そんなこともあって、私自身、郊外へ取材に出かけるのは久しぶりであった。

冷たい視線

一三日は、ファルージャ近郊まで行く予定だったのだが、アザミヤ地区のアブ・ファニーハ・モスクへの取材に変更になった。このモスクには二日前にも、拉致された日本人三名の情報収集で訪れていた。

ところがこの日は、モスクの中には入れなかった。前日の早朝に、米軍がモスクを襲撃して、内部が荒らされていたからだ。心ある住民たちが、ファルージャへの支援物資をこのモスクに保管していたのだが、この情報を嗅ぎつけた米軍が「武器弾薬の捜索」などと称する強制捜査を行なったのである。

だが、入れなかった理由はそれだけではない。付近の住民から、私たち外国人に向けられる冷たい視線。それは「あなたたちは、アメリカの旗の下で、イラク占領政策に荷担している国の国民である」と語っていた。

私たちはそこで、その日の早朝にファルージャ近郊の村から避難してきたばかりの青年に会うことができた。彼の話によると、米軍は女性や子供までも見境なしに狙撃の対象にしているという。私は「どうやら、これは尋常なことではないらしい」と、緊迫している情勢をようやく理解できたのだった。

突然の停車命令

一四日は、随分と慌ただしかった。まず約束していた、イラク人通訳がいつまで待っても現れなかった。仕方ないので、偶然近くを通りかかった別の知り合いのイラク人に、通訳として取材に同行してもらうことにした。

乗合バスだと、帰りの時間の予定が立たないので、日没前にはバグダッドに戻ることを考えて、タクシーを一台チャーターした。自分たちにできる限りの準備を整えて、ドライバーも含めた四名で出発。ファルージャに向けて、行ける所まで行こう。

二度目の米軍チェックポイントを迂回して、細い農道に入ると、イラク人ドライバーでさえ道が判らなくなってきたようだった。ドライバーは、通り過ぎようとする対抗車にクラクションで合図しながら、現在位置を確認していた。

どうやら今、私たちがいる場所は「アブグレイブ」という地区らしい。ファルージャへの方角を尋ねると、みんな一様に「ゴバル、ゴバル(まっすぐ、まっすぐ)」と、前方を指している。「このまま行ったら、ファルージャまで行けるかもしれない」と、期待が膨らんだ。

突然、後ろから来た車両が、追い抜きざまにクラクションを鳴らしながら、私たちの車に「停止」を指示して、目の前に停車した。車からは、数人のイラク人男性が降りてきた。私たちの姿を確認すると、身分証明証の提示を要求するので、私は適当に技能資格証を見せた。通訳から「中国人だと言うように」と指示されていたので、そのようにしたが、彼らにはあまり意味は無かったようだ。彼らは普通のイラク農民のような裾の長い服を着ていたので、外見からは警察官ではないように見えた。

銃を持ったイラク人が「車から降りろ!」

彼らは、私たちが「取材で訪れた」のだと聞くと、「それなら、この先に米軍のヘリコプターが墜落しているから、ついて来い」と言う。私は、それを聞いて少し変だとは思ったが、せっかくここまで来たのだから「何らかの取材成果を得なければ」との気持ちに駆られ、従うことにした。

しばらく走ると、右にカーブしたところで、「アブグレイブ刑務所跡」の高い壁が左手に見えた。そして直線に入ったところで、先導して走っていた先ほどのイラク人たちの車両が、路肩に寄せて停まった。私たちの車は、先導車が停まってしまったので、意味が判らないまま、彼らの車の少し後ろに車を停止させた。

その途端、先ほどのイラク人たちが、銃を持って一斉に車から降りて来た。気が付くと、後方からも銃を持った男たちが来て、囲まれてしまった。窓の外から私たちに銃口を向けて、「車から降りろ!」と叫んでいるようだ。安田さんは、ビデオカメラを膝の上においてモジモジしていた。後で判ったのだが、彼はその時、撮影をしていたのだった。かなり落ち着いた行動である。

その時の私は、まるで「交通事故」でも起こしたかのようにびっくりして「何故だ 」という気持ちでいっぱいだった。そして私たち日本人二人は、目隠しをされた挙句、先ほどのイラク人たちの車に乗せられて、連れ去られのだった。

「まさか拘束されるとは…」

一五分間くらい移動しただろうか。途中、何か頬に冷たい物を押し当てられたように感じた。それはペットボトルらしく、喉を潤すために彼らから「ドリンク、ドリンク」と言われて、口にあてがわれて「オレンジジュース」をふた口ほど飲んだのだった。

車が停止した。目隠しのまま手を引かれて車を降り、数歩歩いたところで、周囲がひんやりした感じになったので、屋内に入ったことが判った。英語で「座れ」と指示されて腰を下ろすと、床を触った手が、絨毯の感触を伝えて来た。そこで私たちは、やっと目隠しを外された。

私は「まさか自分たちが、イラク人から身柄拘束されるとは…」という落胆の念で一杯だった。私は、イラクの被占領状態や、自衛隊の監視・実態調査活動を行なっていることから、米軍から銃口を向けられたり、拘束されることは覚悟していた。しかし、こういった予測を超えた事態になってしまうと、もはや「相手の正体を突き止めよう」など、考える余裕がなくなってしまうのである。今から思えば、彼らが本当にアメリカの占領に抵抗する「ムジャヒディン」だったのかも判らないのである。もしかしたら、CIAやモサドが仕立て上げた「偽装組織」だったかもしれない。

しかし、今さら調べようのないことに拘っても仕方がない。その時は、自分たちがイラクの被占領に反対する立場なんだ、と「身の潔白」を証明しようとするだけで精一杯だったのだ。

かつてアジアを侵略した歴史とその教訓を活かすべきだ

アメリカの主導するグローバリズムによって、アラブの文化的個性や宗教と民衆の多様性が押し退けられ、さらに「イラク占領」の名の下に人権弾圧がまかり通っているのが現状である。アメリカの価値基準が「正義」として押し付けられている。

そして日本政府もまた、そのグローバリズムの波に乗り、「侵略国家」としての土台を築こうとしているのだ。日本人としての私たちは、かつてアジア侵略を行い、自らも「被占領」を経験した国の人間として、その経験を国際関係の中に活かさなければならないはずだ。

ところが政府は、大切な歴史の財産である平和憲法を忘れ、他国への侵略に直接荷担してしまった。これでは、占領と抑圧に対して闘う民衆の反撃を受けても当然である。橋田さんや小川さんが、不幸にも命を落とされたことは誠に残念なことであるが、少なくとも自衛隊がイラクから撤退しなければ、いずれまた同じようなことが起こるだろう。

イラクの人々から見れば、自分の土地に他国の軍隊が「占領」という名の下に居座って、無法の限りを尽くしている現状を、黙って認められるはずがないではないか。

イラクの平和を求める「復興」とは、外から「枠組み」を押し付けて、その中にイラクの民衆を無理矢理押し込んでいくような方法でなされるものでは、決してない。イラクには、イラク人民衆のコミュニケーションと、人々の生活がある。

個性あふれる社会への復興支援であれば、私は末席でもいいから、喜んで参加したいと思う。

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