最新版 1部150円 購読料半年間3,000円 郵便振替口座 00950-4-88555┃購読申込・問合せはこちらまで┃人民新聞社┃TEL (06) 6572-9440 FAX (06) 6572-9441┃Mailto:people@jimmin.com◆ 4月5日号から紙名変更を伴うデザイン一新を行うと予告しておりましたが、延期することになりました。理由は、新紙名が決まらないためです。これまで紙面で紹介していたとおり、読者からも多くの提案を頂きましたが、「これだ!」というのに未だ出会えていません。人民新聞の基本姿勢を変えることなく、しかし時代に即しながら10年、20年と長く使える
名前をと思うと慎重にならざるを得ず、募集・検討する期間を延長させて欲しいと思います。「新左翼」(1968年創刊)から「人民新聞」(1977年〜)への改名にも相当な時間をかけて議論し、読者アンケートも行ってから決定してきました。今回も、それなりの時間と議論を積み重ねたいと思います。刷新延期をお詫びするとともに、あらためて新紙名の提案を呼びかけます。 (山田)
◆お寒うございます。マスコミでは「今世紀一番の冷え込み」なんて出ていましたね(21世紀に入って、12年しか経っていませんが)。豪雪や凍結に悩まされる皆さんだけではなく、獄中の方、また特に野宿生活をされている方々には、厳しい冬だと思います。この冬を何とか共に生き抜けるよう、祈るばかりです。さて、年末年始の慌ただしさも終わりました。最近は目や腰がしんどいなぁ、と年齢を(?)感じながら、おかげさまで新聞発行の遅れもなく、ほっと一息ついています。紙名変更&紙面リニューアルもひかえて、改めて「どんな新聞を作るのか」を、考え続けていくつもりです。 (一ノ瀬)
◆帝国主義者の思惑を越えて、エジプトで若者が再び街頭に出た。デモは、反軍政を掲げ、税務署の建物を占拠した模様だ。今号では経産省前と竪川公園現地からの声を掲載したが、日本でも占拠運動は各地で繰り広げられている。天王寺公園の露店カラオケ、靫公園・長居公園のテント村など、公共空間のあり方を問う闘いだ。あらゆる物と場所が私企業に占有されつつある今、自分の家を開いて公共空間にしようとする試みもある。こうしたテーマで連載したいと思っている。今号の現地レポは、いずれも寄稿。感謝の意を表すると共に。やっぱり出向いて取材した記事にしなければと思います。 (山田)
◆目に見えるものや目先のこと、または自分たちの外側の問題については全力投球できても、見えないもの、遠い未来や過去、内側の問題については後回しにしがちだ。でも活動団体が、既存の社会と同じ「優先順位」で動くとすれば、「もう一つの世界」はいつまでたっても実現されない。私は今年は内側の問題にも目を向け、己のことも含めて対峙してゆきたい。人民新聞の内側もはずすことなく。 (栗田)
◆正月、自宅で新年会をやった際、友人がセルフビルドによる自宅やカフェを紹介した雑誌を持ってきてくれた。施工過程の説明・写真に加えて、動機や失敗談、さらにその失敗から学んだテクニックも紹介されている。
自宅の内装は、デザインから施工まで一部大工さんの手を借りて、自分好みに仕上げた。が、基礎工事も含めてセルフビルドなんてできるのだろうか?と思い調べてみると、思ったほど難しくないようだ。体験者曰く「必要なのは技術ではなく、やる気と周囲の理解…これに尽きると思います」。大工仕事は好きなので、根気のない私でも続きそうな気がする。周囲の理解も、形ができ始めれば得られるだろう。問題はやっぱり「時間」やなぁ。人民新聞との両立はどう考えても無理だ。それでも、住と食に加えてエネルギーの自給的生活―夢想すると、楽しくってしょうがない。(山田)
前号で紹介した飯舘村酪農家・長谷川健一さんの講演会は、運営した人たちの強く率直な思いが溢れたものだった。会場は、釜ヶ崎ションベンガード下にある飲み屋「はな」。私は、JR新今宮駅で降りたが、出口には、会場を示す小さな看板をもったおっちゃんが立っていた。地下鉄出口や主な交差点にも。初めて釜ヶ崎を訪れる人への配慮だ。
開始20分程前にはほとんどの椅子が埋まり、溢れる人を予想して、第2会場も用意されていた。メイン会場に設置されたカメラで、第2会場に同時中継するという周到さだ。「釜ヶ崎は初めて」と言う長谷川さんも講演冒頭で、主催した「青い空カンパ」メンバーの周到な配慮に心からの謝辞を述べた。こうした思いの交流こそが、本当の絆を生むのだろう。 (山田)
◆年末のこの時期、「去年の今頃は…」と思い、ハッとした。去年の今頃、それは3・11の前。去年の今頃には確かに存在していた人、町並み、自然の実り。地震のせいだけではなく、人間が、権力が、多くのものを壊していった。去年の今頃を思い出すだけで、走る痛み。来年は―少なくとも、これ以上大事なものを壊し続けることに加担したくない。祈るような思いで、年の暮れを迎える。(栗田)
◆創刊から44年目の年末を迎えた。戦後革命運動を担った人々が中心になって発刊された「新左翼」紙は、人民新聞と改題し、本当に多くの人々によって支えられてきた。そんな発刊を準備し、支え続けた世代の一人であるUさんが、引退されることになった。心から謝辞を述べたい。「仕事を選ばず、責任を限定せず、成果を一人じめしない」という姿勢を身をもって教えていただいた。 活動家に定年はないが、世代を継いでいく重みと困難さに身を引き締めている。来年は、正念場となる。(山田)
◆死にそうだったらしい。風邪を引いても直りが悪い。おかしいと思いつつ低空飛行でやりすごしていたがどんどん悪くなる。受診の結果、「喘息と副鼻腔炎。全然息してへんやん。侮ると死ぬで」と。その後数年ぶりくらいに鼻から息が出来るようになり、体調悪化に今更気づく次第。何事も続けばそれが普通となる。だが体は調子が悪ければいずれ動かなくなる。おかしい社会が「普通」になったら一体何が起こるんだろう?(栗田)
◆先日発表された派遣法「改正」案は、製造業派遣OK、日雇い派遣OKの「改悪」案だった。原発に関しても、然り。あの大事故が起きても、原発依存社会に戻そうと権力側は企む。この強大な権力に対し、団結しようとする人は少数ではない。しかし団結の名の下に内部での差別や差異は覆い隠されがちだ。反貧困、反(脱)原発は、差異や強弱を無視しない「もうひとつ」の関係への想像=創造力なしにありえない。(栗田)
◆7年間乗り続けているスクーターのハンドルに「このバイク、6万円で買います」という業者のビラが貼られていた。欲が出た。車体を洗い電話をすると、査定員が飛んできた。快調に始動したが、走行距離を見て驚きの声を上げた。「8万qを超えてるスクーターなんて、初めてみました」。査定額は、「精一杯」で1万5千円。やっぱりね。8万q走ったバイクが売れるワケがない。俺が買い手なら絶対に買わない。欲は、冷静な判断を狂わすんですね。売るのはやめて、最後まで乗り潰してやることにした。文句も言わず、7年間仕えてくれたバイク君。すんません。(山田)
◆「人民新聞もツイッターを始めたら?」という提案があり、アカウント(@jimminshimbun)を作り2カ月経つ。ツイッターをやっている人は編集委員では私以外はおらず、始めるにあたり特に賛否の意見はなし。主に新聞の内容をお知らせしているが、フォロワー数が新聞であるにしては少々寂しい。ツイッターでの発信の可能性、ネットワークの作り方、ご意見頂けたら幸いです。(栗田)
◆私が住む尼崎市の消費生活センターが「放射能と食品の安全性」というテーマで、講演会を開いた。講師は、東大名誉教授・内閣府食品安全委員会委員=唐木英明氏。同氏の主張は、「放射線100_SVによるガン発症リスクは、たばこの受動喫煙によるそれより低いので、許容しよう」というもの。長崎大から福島医大副学長に抜擢された山下俊一のお仲間のようだ。
講演で唐木氏は、チェルノブイリの放射線被害について「セシウムによる内部被曝で、ガンの発症率や死亡率の上昇は認められていない」と、まで言い切った。
「見えない放射線」の現実を、見えなくさせる「放射能安全神話」が全国で流布されている。それは、東電の加害責任、人生の根っこを奪われた被災者の現実を「復興」という非現実で蔽い隠し、見えなくさせるのと相似形だ。被害者が自己責任で生活再建を迫られているという「現実」を見失ってはならない。(山田)
◆脱原発の方向性さえ決められないまま、大震災から、8ヵ月が経つ。「脱」も「維持」も決めないまま、事実において、原発を続けるという政権の「意図」が見える。原発災害補償についても、範囲も基準も決めないまま、被災者は事実上、自己責任でのサバイバルを強いられている。
こうした政治手法を市田良彦氏は、「決めない政治」と名づけた。「政府は、決めないという態度を決めた」「決めないことで国民を待たせ、待たせることで被害・損害を社会の中に吸収させようとしている」と分析している。
いつお金がくるのか?いつ家に帰ることができるのか?いつ除染作業は終わるのか?…、日々の生活再建を被災者に負わしながら、ずるずると国家的諸制度にぶら下がった状態に釘付けしようとしている。
一方、TPPは、8日中にも党内反対派を押し切っても民主党として交渉参加を決めるという素早さ。TPP批判は省略するが、過激な貿易自由化によるデメリットは明らか。デメリットを補ってあまりある具体的メリットの提示もないままの参加決定だ。
この不決断と決断の対称を見れば、野田首相が言う「国益」とは、一握りのグローバル企業の儲けであり、数百万の被災者や農民の生活でないことは明らかだ。(山田)
◆温めていたひきこもり特集が、ようやく形になった。ひきこもりという状態を、当事者も含めてどうみなすか、というところにこそ、その人の労働や家族に対する価値観、そしてジェンダー的な規範がもろに出てしまうものだと思う。「人は(男は)働かなければならない」という強力な社会的規範は、ひきこもっている当人であってすら根強い場合があるが、この規範は一体、誰を、何を最も利することになるのだろう。 (栗田)
◆大阪市長選を11月に控え、橋下知事が大阪府知事を辞職した。「任期途中で、何という無責任!」という声の なか、大阪都構想と2条例をゴリ押ししようとしている。橋下知事流ファシズム=「ハシズム」(うまいネーミング!)に反対する市民の動きも活発になり始めた。現在取材を進めています。乞う、ご期待!(一ノ瀬)
◆私の知人の多くが、引きこもり・障がい者の就労支援に関わる。彼(女)らの悩みは、「こんなひどい労働状況に適応することが、はたして解決なのか?」という深い自己矛盾だ。引きこもり当事者のインタビューを行ってきたが、「働いて一人前」という教義に強く縛られて、身動きできなくなっている。勝山さんの生き方・考え方は、生き辛さを抱える全ての人々への価値の転換による解放のメッセージを含んでいる。(山田)
「オッパイ東京? ウォール街を占拠せよ!世界同時アクションin東京」というネット記事を見て、どうしても冗談として笑えず、胸が苦しくなった。ジェシカ・イーというアジア系女性が書いた「ウォール街占拠・植民地主義のゲームと左翼」という英文の論説も発見。すでに先住民族の土地を「占拠」してきた歴史をどう捉えるのかと問うていた。歴史と差別の構造から「占拠」を捉えねば。(栗田)
野田政権発足後、初めてとなる閣僚の沖縄訪問ラッシュが始まった。まずは17日、一川防衛相が訪沖、仲井眞県知事や稲嶺名護市長らと会談した。その中で防衛相は、辺野古埋め立ての手続き上必要となる「環境影響評価(アセスメント)評価書」を年内に提出すると知事に伝えた。
こんな姑息なやり方は、沖縄の怒りの前に立ち往生するのは間違いない。沖縄の民意を踏みにじり続ける政治には、「エエかげんにせえ!」と言いたくなる。(一ノ瀬)
硬い岩盤まで掘り下げた地下原発とか、外部電源喪失時に重カで水が自動的に落ちる原発とか…。またぞろ「事故に耐え得る原発で再開を!」という声が、堂々と復活する兆しを見せている。一度味わってしまうと虜になってしまう麻薬と同じで、金の魅力は尽きないようだ。金も原発も、なけりゃ、ないでどうにでもなるのになぁ。 (山田)
最近は、「掲載・取材してほしい」と、イベントの案内が送られてくることが増えました。面白そうな動きなどがあれば、ぜひご一報を。 (一ノ瀬)
ウォールストリート占拠デモが全米に広がり、バンコクや香港などアジアの主要都市でも、呼応したデモが呼びかけられている。ニューヨークのデモ・テント村については、次号で現地活動家のインタビューを掲載する予定なので、乞うご期待。
この日本で「民主化」が叫ばれ始めた。新宿1号は、4日、ようやく釈放されたが、機動隊によるデモへの暴力的介入が日常化していることを問題視し、街頭民主主義の危機を訴える。
東京では、大量の警察官でデモ隊を取り囲み、スキがあれば活動家を拉致し、警察署に連行してしまうという「警備活動」が、日常化している。ニューヨークデモが拡大したきっかけは、100名を越える大量逮捕だったという。逮捕・弾圧へのきっちりした反撃が、次の展開を準備する。 (山田)
少し前まで日本は豊かな国で、「貧困は存在しない」と思われていた。
さて現在、表現や政治結社や集会に関する弾圧というものを、日本の多くの人は 存在しない と思っているはずだ。北朝鮮、中国、ロシアじゃあないから、全体主義じゃないのだから、と。その思い込みが崩壊させられる日が、このままではやってきてしまう。より多くの人が、その恐ろしさに直面させられる日が、このままではそれほど遠くない。(栗田)
爆音轟かせて私のバイクを追い越したポルシェが覆面パトカーに停止を命じられた。「ざまあみろ」と横目で見過ごし、「もう大丈夫」と速度を上げた瞬間、またもやサイレンが鳴り出したのだ。「ウソやろ!」と思っても後の祭り。24`オーバーで切符を切られた。マヌケな様を見せたのは私だった。
腹が立つのは、制限時速=40`だ。通勤道なのだが、高速道路につながる高架道路で車の流れに乗ると80`。制限時速で走ると、クラクションを鳴らされる。制限時速が、故意に低く抑えられている意味がわかった。あれは、警察が罰金を稼ぐために設定されたのだ。この日、往復で4台の車とバイクが覆面パトカーの餌食となったのを現認した。覆面パトカーにすれば「入れ食い大豊漁」。楽な仕事だ!交通安全週間は、警察の罰金の稼ぎ時。ご注意を!(山田)
国際政治に無知な学生だったが、米国へのテロに関する報道の大きさに違和感を覚えていた。他国で大量殺戮があっても、ベタ記事にしかしない場合もあるのに、と。10年後の9・11。ビンラディンは既に殺害された。
東京の反原発デモでは、12人が不当逮捕。マスコミは写真もなく、「逮捕はデモ隊が隊列を広げたため」と報じた。アメリカと日本こそ、民主化運動が必要だ。(栗田)
真実を言うとマスコミが袋だたきにするという政治的攻撃がまかり通っている。菅総理が「数十年帰れない」と言うと「配慮が足りない」と責め立て、鉢呂経産相の「死の街」発言には「被災地住民の心情を踏みにじる」と批判する。両氏とも、これに関してはほぼ真実を言っている。配慮不足は批判されたとしても、辞任に追い込むのは、行き過ぎというより、政治的意図を感じてしまう。マスコミと「専門家」が、よってたかって深刻な放射能汚染の現実を美談とタテマエで覆い隠し、うっかり事実を言ってしまったKY政治家を袋だたきにしているだけではないのか。マスコミと専門家が「中立」というタテマエを捨てて、政治的に振る舞い始めた。
前原政調会長の右翼タカ派発言が全開だ。これに比べたら、鉢呂元経産相の失言など、取るに足らない。前原の反憲法発言とウソを容認するメディアは、質の劣化と共に、「第4の権力」としての実態を露呈している。(山田)
◆『「運動入門」一歩前』のはずが、いつのまにか運動ど真ん中にいる運命の不思議。私にとっては運動で食べていくより、いわゆる一般社会で食べていくほうが難しいという微妙な現状…この事態がまさに社会の歪さそのものではないかという危機感も覚えつつ、8月15日から人民新聞に勤めはじめました。
さて、「おじさんパラダイス(年配の男性が多数派でかつ場を仕切っている状況。多くの団体で見られる)」の人民新聞で、私は間違いなく「よそ者」。しかし「よそ者」が「よそ者」として共に働くことができるなら、それは運動の内外を問わず稀で、凄いこと。紙面の上でも、現場においても、その可能性を具現化してゆきたいと思ってます。それではよろしくお願いします。(栗田隆子)
◆「あんた今どこに居るん?―突然、実家からの電話。「友達」を名乗る男が「洋一さん(私の名前)は、実家に帰っていますか?」と訊いてきたという。その友人は、「松山で会う約束なので、携帯番号を教えて欲しい」と請うた。実家の電話番号は知っていても、携帯番号は知らないという不思議。
そもそも実家に帰る予定などない。8月後半から福島取材で10日間、大阪に帰って直ぐに、私用で旅に出た。合わせると3週間近く自室に灯りが灯らない日々が続いた。親切な「友人」は、長期間自室に帰っていない私を心配して、実家に問い合わせまでしてくれた。私とはおそらく面識もないその「友人」は、私が毎日家に帰っているか?時々チェックしてくれているようだ。
「携帯番号教えた?」と聞くと、「適当な番号、言うといた」。「なんで?」―「上から押さえつけるようなものの言い方やったけん」。敵か味方かは嗅ぎ分けたようだ。我が親ながら、上出来!上出来!
ついでに「友人」に告ぐ。公務中の警察官は、身分を明らかにしなければならない。ましてやウソをつくなど法律違反だ。老人を騙して金をだまし取るのが「オレオレ詐欺」だが、今回のは情報を盗もうとした。卑劣さは同様だ。コソコソと動向を探ったり、「友人」を語ったりせず、正々堂々と仕事をしろ!(山田)
◆ ベランダのゴーヤ問題が解決した。実は諦め、摘花することで実がつがないようにして、葉っぱは残すという方針を持って、1階住人との交渉に臨んだ。妥協案を示し、伏して了解をお願いすると、「ゴーヤの実がどうこう言っているのではない。他の住人への配慮が欲しいということだ」と言う。「私の勘違い?」と思って聞いていると、「昔と違って今は、近所に誰が住んで、どんな生活をしているのか全く判らない。そんな不安もあって、一度話がしたかった」とも言う。
聞くと、このマンションに引っ越して16年になるが、9戸の極小マンションなのに、他の住民とは、「挨拶程度しか会話したことがない」という。意外だった。入口や通路で奥さん方が、世間話をしているのをよく見ていたからだ。私も、何軒かの人を自宅に招いて酒を飲んだこともある。
相手から「配慮」という言葉が出た以上、こちらが折れるしかない。「事前了解なしに、外壁にネットを張ったのはルール違反なので、撤去します」と言うと、「その必要はない。配慮さえ見えればそれでいい」と、急転直下解決に至った。
それにしても、男って仕事を離れると、会話する相手が本当にいないんだなぁ。「今度、酒でも飲みましょうよ」と誘うと、「俺、酒飲めないんだよね」と返されたが、笑顔だったので、まぁいいか。 (山田)
◆ 事後報告になりましたが、沖縄取材に行って来ました。行くたびに新たな人との出会いがあり、それが何よりもうれしいことでした。感謝感激です。また同時に沖縄に対する、自分の勉強不足も実感した次第です。 (一ノ瀬)
◆前号の編集一言でベランダのゴーヤの件を書いたら、読者から助がいくつか返ってきた。謝意を表したい。「撤去する必要はない」という意見が多かったが、「実は諦めて、葉を楽しむのも一案です
ね」という大人な助言があった。この方針を採用させて頂きたいと思う。可哀想だが花の段階で摘花し、それでも見逃して付く実も、小さいうちに摘み取れば、実が下に落ちる確率は、限りなくゼロに近づくだろう。これを1階の住民に提案する。それでも「撤去せよ」というなら、ケツをまくるしかないな。(山田)
◆ 3階建てボロマンションの最上階に住んでいるので、夏はメチャクチャ暑い。屋根がトタンの様な材質で、太陽のエネルギーをたっぷり取り込んで、とんでもない高温となる。夕方になってもギラギラした夕日がまともに部屋を直撃する。新聞社から帰ってドアを開けると、中から熱気が吹き出してくるという始末。
でも、今年はクーラーに頼ってばかりもいられない。少しでも暑さ対策をと、ベランダにゴーヤを2株だけ植えた。外壁にネットを張り、ツルが這うようにしつらえた。見た目も悪くない。グリーン の葉が茂り、黄色い小さい花がいくつも咲いた。
「いい感じ」と思っていたら、1階の住人が「撤去しろ」と言う。「実が落ちて、当たったらどうする。迷惑だ」というのだ。ゴーヤの実が落ちる可能性はある。でも頭に当たる確率って、どれ程よ? 石が落ちるわけじゃないし、「どうせ私が育てるんだから、スカスカの小さなゴーヤですよ」って説得したけど、頑として聞き入れてもらえない。
「エエかげんにせえ、このボケ!」という言葉が、頭の中を駆けめぐったが、ニコっと笑い、「対処します」と答えてお帰り願った。ケツをまくって喧嘩するか? 黙って撤去して、クソ暑さに加えて、1階住人への恨みを持ち続けるか? 皆さんならどうする? (山田)